発見 : まとめらいぶ

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1:まとめらいぶ 2019/11/12(火) 13:24:46.27 ID:MwU+l8B19
人間によって刈り尽くされ、既に絶滅してしまった可能性もあったマメジカの一種が
ベトナムの森林地区で撮影されたと報告されています。研究チームによれば、およそ
30年ぶりに生息が確認されたとのことです。

Camera-trap evidence that the silver-backed chevrotain Tragulus versicolor remains in the wild in Vietnam | Nature Ecology & Evolution

【nature】
 https://www.nature.com/articles/s41559-019-1027-7

Elusive deer-like animal ‘rediscovered’ in Vietnam

【nature】
 https://www.nature.com/articles/d41586-019-03467-7

Silver-backed Chevrotain(学名:Tragulus versicolor)はウサギほどの大きさでシカのような
見た目をしたマメジカの一種で、銀色の毛が背に生えていることが特徴です。1910年までに
4種類の標本が存在し、1990年代初期に皮の標本が作られています。

no title

しかし、その5つの標本以外にはっきりした観察結果や研究が残っていないため、
Silver-backed Chevrotainは国際自然保護連合のレッドリストには
「DATA DEFICIENT(データ不足)」と分類されています。

no title

最後に標本が作られてから30年近くもの間、Silver-backed Chevrotainの生きている姿が確認
されなかったため、Silver-backed Chevrotainは「もはや既に絶滅してしまった」と認識されて
いました。しかし、ベトナム南部のニャチャン市郊外の森に住む人は、Silver-backed Chevrotainが
生息していることを知っていたとのこと。

そこで、野生動物保護団体のGlobal Wildlife Conservationやベトナムの研究者で編成された
研究チームは、地元の人に聞き込み調査を行い、Silver-backed Chevrotainが出現する可能性の
高い場所にカメラを仕掛け、生きているSilver-backed Chevrotainの撮影を試みました。そして、
撮影できた写真が以下。


Global Wildlife Conservationに所属するアンドリュー・ティルカー氏は
「Silver-backed Chevrotainがベトナムに生息していることを示す今回の写真は、地元の人に
とっては新発見ではありません。しかし、より広い科学コミュニティにとっては、私たちの
調査は種の再発見を達成したといえます」と述べています。

しかし、人間による狩猟や森林伐採、車やバイクが猛スピードで走る都市部への侵入などに
よって、Silver-backed Chevrotainの生息数が脅かされていると、研究チームは指摘。
「直ちに行動を起こさなければ、Silver-backed Chevrotainは再び絶滅してしまうでしょう」と
ティルカー氏は警告しました。

【ギガジン】
 https://gigazine.net/news/20191112-silver-backed-chevrotain/

引用元: 【動物】絶滅したと思われていた「ウサギサイズで鹿のような動物」の『マメジカ』が再発見される(画像)

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1:まとめらいぶ 2019/10/20(日) 19:18:23.343 ID:bJ3/IaYG0
たぶん今の日本でいちばんうまい食べ物だと思う

no title

引用元: 【画像】コンビニでめっちゃうまい食べ物発見した・・・

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1:まとめらいぶ 2019/10/19(土) 22:18:48.902 ID:jmHv1ZxD0
なんかいますねぇ…

no title

引用元: 【画像】背が高すぎるバスケットボール選手が発見されるwww

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1:まとめらいぶ 2019/06/27(木) 21:10:03.83 ID:XjphY1Xc0● BE:151915507-2BP(2000)
1897-1899(明治30-32)年頃 浅野四郎撮影

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日本橋を南詰東側、京橋方面から写したもので、浅野四郎が機械の到着後に初めて撮影した
フィルムの一つとされる。鉄道馬車や大八車の往来がダイナミックかつ鮮明に捉えられ、
忙しげに行き交う人々の息遣いまでが聞こえてきそうである。橋が現在の石造アーチ橋に
架け替えられる1911(明治44)年以前の記録としても貴重である

浅草観音

1897-1899(明治30-32)年頃 浅野四郎撮影

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浅草寺観音堂。日本橋のフィルムと並び、浅野四郎が初めて撮影したフィルムの一つとされる。
浅野は「日本橋の人混みを撮ったり、浅草の観音様の鳩に豆をやる所を撮りました。
主に人間といふより景色か何んかを撮りました。さうしてネガティヴだけは――
漸く成功したものが三本か四本出来た訳です」(「四十年前の撮影機と撮影を訊く」
『キネマ旬報』702号[1940年1月1日])と述べている。
よく知られた名所を被写体に選ぶと同時に、鳩の動きに高い関心が注がれている点が
活動写真ならではと言える。人々の服装から冬に撮影されたことが判る。

本朝廿四孝

撮影年不詳

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演劇研究家の児玉竜一氏(早稲田大学文学学術院教授)によれば、
「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」三段目切「勘助住家」
(俗称「筍」もしくは「筍掘り」)を撮影したものと思われる。

物語は、将軍足利義輝(あしかがよしてる)暗殺の嫌疑を解くため、我が子の首を差し出す
こととなった武田信玄と上杉謙信の対立を背景としている。現存するコマは、謙信の子景勝
(かげかつ)の身替りになることを拒んだ横蔵(後に山本勘助)が、自らえぐった片眼を
手水鉢で洗って確かめるという場面。

なお、「映画法実施記念 映画文化展覧会」の出品目録には、柴田常吉の「ある舞台面」という詳細の不明なフィルムのコマの記載があるが、今回発見されたフィルムのコマがそれに該当するものか現時点では特定ができない。

【映像で見る明治の日本】
 https://meiji.filmarchives.jp/gallery/04.html

引用元: 【画像あり】日本大学芸術学部で日本最古の映像フィルムが発見。1897年頃の日本橋や浅草など

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